明治の宗教哲学者。名古屋生まれ。大浜の西方寺が終焉の地。東京大学哲学科を卒業。

真宗大谷派(東本願寺)の改革運動に尽力。
肺結核発病後、宗教的信念に目覚める。浄土真宗の『歎異抄』の精神(他力の教え)を近代において新しく蘇らせた。

東京本郷に門弟たちと学舎・浩々洞(こうこうどう)を開き、雑誌『精神界』を刊行し、「精神主義」を唱える。真宗大学(現在の大谷大学)の東京移転に従事し、初代の学監となる。

近代日本において、西洋哲学の方法を用いながら、宗教的真理(仏教の縁起)の探求に努め、人類が救済される道を「精神主義」として示した。
それは同時に現代の様々な問題(政治、経済、教育等)に苦しむ我々の灯火ともなっている。

清澤満之記念館
        清沢満之 (旧姓 徳永)




    

     文久3年〜明治36年
     (1863年〜1903年)
       享年41歳

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